国家公務員一般職という仕事と転職を決めた経緯について

国家公務員一般職という仕事と転職を決めた経緯について

 ここ5日間くらいはWeb制作を最優先していたので更新が途絶えてしまいました。やる気がなくなったわけではありません。限られた時間で少しづつ記事をまとめていました。ということで今日のテーマは自分の仕事について。気持ちを整理しておくためにも3月中に書いておきたいなと思って少しづつ書き進めていました。

  • 国家公務員一般職の仕事
  • 組織に所属したから分かること、所属しなかったら分からなかったこと
  • 転職を決意した経緯と今までのアクションプラン

を軸に、自身の経験を割と赤裸々に書きました。今後公務員を目指している方、現に同業の方、同業に限らず会社勤めしてて漠然とした不安を抱えている方なんかには参考になると思います。今回も取り留めのない駄文(推敲を重ねたつもり)ですが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。

それでは順番に参りましょう。

【なぜこの仕事を選んだのか】

 公務員になる前は住宅営業をしていましたが、単純にそれがキツくて、というか体育会系が過ぎる営業所でノリについていけなかったしこのままでは精神が病む気がして逃げるように退職したという経緯もあり、世に言う最も安定な仕事である公務員を目指しました。目指した理由は声を大にして言えたもんじゃないけど、土日祝日が間違いなく休みで、程々に給料もらえて、アフター5も充実させられるなら、そりゃ勉強するでしょ、って感じですね。社会的信用もかなり高いし。だから、正直仕事に対してのやりがいとかは考えていなくて、その時々に配属された部署で、その仕事の中でやりがいを見つけようという考えでした。

「こんな仕事がしたい」

とか

「この仕事に憧れて入社を希望しました」

っていう場合、その部署に配属されなかったとか、思ってたのと違った、ってなったら心のよりどころがなくなると思ってたこともあり、当時の前職の経験を踏まえると、大事なのは「仕事内容よりも誰と一緒に仕事をするか」だと思い、いわゆる会社説明会とかにはできる限り参加して、働いている人の雰囲気を見て次の職場を探していたのが正直なところでした。一緒に働く人は選べないし、たとえ業務がハードだとしても、ぶっちゃけ周りの人間関係次第で何とでもなるよな、って思ってました。

 そういう訳で、いろんな役所の説明会とかに参加する中で、一番明るそうな和気藹々とした雰囲気が出ていたと思ったのが検察庁だったから、検察庁狙いで就職活動は力を入れて、狙い通り入庁することができました。そんな感じ。

 

【国家公務員として今まで何をしてきたのか、具体的な仕事内容】

 まず、検察庁という役所について簡単に触れておきます。検察庁は、警察と響きは似てるけど実態は全く別(もちろんやりとりする頻度は一番多い組織)で、警察が第一次捜査機関とするなら、検察庁が第二次捜査機関という位置付けになります。検察庁で働く検察官が、警察で捜査した記録を基に補充で捜査して、最終的な事件の処分をどうするか判断しています。対象となる事件というのは、いわゆる刑事事件です。万引きとか詐欺とか、無免許運転とか酒気帯び運転、交通事故、薬物関係とかもですね。警察署では毎日様々な事件を取り扱っていて、身柄拘束した状態で捜査している事件もあれば、在宅事件として捜査している事件が毎日検察庁に送られてきます。たまにニュースでいう「誰々が送検されました」ってやつは、警察から検察庁に事件が移ったということを意味しています。

 検察庁は各都道府県に設置されていて、検察庁で働くには国家公務員一般職試験に合格し、検察庁で面接を受けて合格しないと働くことができません。国家公務員は大きく分けて総合職と一般職の2つあり、総合職はいわゆるキャリアと呼ばれ、全国転勤で各省事務次官の椅子を目指してしのぎを削るというイメージしかありません。偏見ですが。なお、各都道府県にある検察庁には一般職合格の職員しかいないはずです。検察庁は法務省管轄の特別組織みたいな立ち位置だったはずです。これ以降は話が逸れるのでこれくらいにしておきます。

これを踏まえて、自分がこの7年間で具体的に何をしてきたかを組織全体の業務の流れに沿って挙げていくと、まず、警察から送致されてきた事件記録(身柄付き、在宅)の点検、法律(手続き)上の過誤がないか、修正すべき箇所がないかを点検(事件受理といいます)、検察官の立会事務官として捜査の補助。取調べの立会(検察官の横にいるやつです)。捜査し終えて処理方針がまとまった記録の内容に不備等がないか点検(事件処理と言ったりします)もやってました。事件処理して公判に係属した後の業務として、公判立会検察官の補助もしました。あとは再犯防止(入り口支援と言ったりします)の担当部署に配属された時は、保護観察所や社会福祉士とやりとりしながら、犯罪を犯した人の生活基盤を整えるための取り組みなどを行ったりしてました。直接捜査とは関係しない部署であれば、検察制度について説明する広報活動を行ったこともあったし、ホームページの更新をやったこともあれば、共済係として要件確認(被扶養者申告書の点検)や各職員の共済掛金の控除額の計算とか、組合員証(保険証)の発行したり、高額療養費の限度額証の発行なんかもしてきました。

 ざっくりと今まで自分が触れてきた業務を挙げてきましたが、これでもまだ全体からしたら3割くらい?のボリューム感で、他にも業務は幅広くあります。関わる対象がいわゆるごく普通の人ではないのが最大の特徴だったと思います。役所に来るのは何かしら犯罪を犯した人か被害に遭った人、目撃した人なので。

【何を得られたか】

 組織人として我慢するということを学んだ。笑

 言い回しというか表現が難しいけど、やたら体質が古いのは否めないし、あらゆる業務が根拠に基づいているから、日々の業務にもどかしさを感じることがしばしば。何かスキルが身についたとか、できるようになったことがあるかと言われると正直すぐには出てこないけど、ブラインドタッチは自然とできるようになったくらい。取調べの時に検察官が言った内容を聞きながらその場で打ち込んでいくので。あとはまがいなりにも法律を扱うので、多少なりとも知識はついたと思うし、法律の独特の言い回しにも耐性がついた。あとは共済係を経験したことで、高額療養費制度や各種医療給付関係、扶養控除、任意継続組合員とか、役所のこととか関係なく社会生活上知っておいて損はないことについて触れられたのも今となっては役に立つ知識。iDeCoの関係も共済係で取り扱っていたから、事業主証明のこととかはスムーズに対応できました。

【あることに気がついてしまった】

 正直、誰でもできる仕事だなって思ってしまいました。根拠が分かれば基本的に仕事できるので。知ってるか知らないか、ただそれだけ、って感じ。これはあくまで個人的な印象なのですが。

 そして、この先、この仕事を続けていても人間的な成長を見込めないと思った。良くも悪くも根拠が全てだから、規程が分かっていさえすれば仕事ができちゃう。だから自分がやらなくてもいいし、変わりは誰だってできるなーって思った。あと、やっぱり「公務」という職種の特質もあり、利益追求しないから無理もないけど、どこか時間感覚に余裕が漂う感じというか、ぺちゃくちゃ喋って時間潰して、適当に仕事やって一日終わり、みたいな人がそこかしこにいるのは事実で。実際、部署によって繁忙度が全然違うし、部署内の業務の割り振りも結構ばらつきがあるのが実際のところ。同じ部署内で忙しい人と暇そうにしてる人が明確にわかれる。みたいな。

【この先どうなっていくと思ったのか】

 程々に仕事して程々な給料もらってなんとなく毎日を過ごすのはダメなことではないし、いわゆる「普通」が幸せなことなのかもしれないけど、このまま「普通」を過ごしてもダメだと思いました。このままこの先30年近く同じ職場同じ組織に所属して仕事を続けていても、30年後に自分の人生を振り返った時に何が残っているのか分からない。というか何も残ってない気がしちゃいました。「公務」という公共の利益のための仕事だから、広い意味で日本という国家に対して貢献をしてきたとは言えるけど、実感として、何か形のあるモノ(実体)として「俺の人生はこれをやってきたんだ」って自信持って胸張って言えるものがないのはヤベェって思って。俺の人生何だった?ってなりそうで。

 住宅営業を辞めた時には安定を求めて公務員になったのに、公務員になったらなったでやりがいを求めるという。何ともわがまま。笑

やっぱり、仕事するならやりがいとか楽しさがないとやってらんないよね!ってのが最近の結論。

 なんかうまくまとまらないけど、公務員として働き続けることにも漠然とした不安があったのは紛れもない事実で。仕事のやりがいとか成果物とか楽しさと言った面で、欠けている部分が大きい気がしました。このままではあかん、と。

【これからの人生をどうしていきたいと思ったか】

 端的に、手に職をつけたかった。というのと、自分でお金を稼ぐ経験をしたかった。あとは自分の行動に選択肢を持てるようになりたかった。

 組織に所属するということは安定する部分は多くあるのは紛れもない事実だけど、自分では何ともならないことが多過ぎて(自分に裁量がない、特に公務員は手続きが根拠に基づいてるから尚更)。1日24時間という限られた時間の中で、どれだけ自分の意思で行動できるか人生の幸福度に直結すると思って、行動に選択肢を持てる人生を歩めるようにしたかった。というのが今後のビジョンの軸に。

 これらの軸をより具体的に、改めて今までの人生(主に仕事との向き合い方)を踏まえて、これからの人生をどうしたいか考えた時に、

  • 成長を実感できること(できなかったことができるようになる)
  • 自己実現(表現)できること(裁量を持って自分らしくできる)
  • 手に職を付けられる
  • 時間や場所に縛られない自由な働き方ができること(選択肢が持てる)

を大切にしたいと思った。これが実現できたらめっちゃ充実した毎日になると今もめっちゃ思ってる。

 ちなみに、当時具体的にこれがしたいというのは特になくて、ただ漠然と、プログラミングは勉強したいなと思ってたくらいでした。そして下に載せた動画に出逢った訳です。

 

【転職を考えたきっかけ】

 マコなり社長のYouTube動画にまんまと触発されました。

エンジニアにならない理由がない(エンジニアになるべき理由)というのが当時の自分(2020年10月初め頃の記憶)にすごく刺さった。その理由がこれ

  • 市場価値が高まり続けるということ
  • 会社に依存しない働き方が手に入るということ
  • 未経験からの挑戦が人生の誇りになること

 今考えてみると、当時の自分の行動はあまりに衝動的だし、マコなり社長のポジショントーク炸裂だったし、自分のスクールへの勧誘というのがありありと伝わってくるけど、その動画をきっかけにテックキャンプの無料カウンセリングを受けたし、そのままスクール入校を決意したし(スクールは13日で退会したけど)、このまま会社辞めちゃおう、で今このブログ書いてるところに繋がるから、全てのきっかけは動画。

 「エンジニア転職」をすることで、これからの人生で大切にしたい4つの軸を実現できるのではないかって、その当時本気で思ってしまいました。

【周りの反応】

 職場の人(直属の上司や局長等の偉い人)たちは大層驚いてたなー引き止めてきたし。絶対に感覚が違うからなぁ。理解してもらうつもりもなかったけど、面談になった時はありのままぶちまけました。すっきりしたし、もう後戻りはできんという覚悟が決まって、これまでもこれからもモチベーションが下がることはないと思ってる。

 元嫁さんだったり、長い付き合いの友人とかは共感や理解を示してくれる人が多い印象。まあそうだよねって感じ。まじ感謝ってやつ。

【決意できた理由】

 「自分の人生を自分でデザインする」

っていう言葉を体現するのは今だと思った。今しかできない選択だと思ったし、身分的に不安定になることとかより、その人生を想像した時にワクワクしたから、その感覚を信じるべきだと思ったから決断するのに迷いはなかった。「投資家みたいに生きろ」という本が自分の価値観を大きく変えたと言っても過言ではなくて、何回も読み直しては自分を正してます。

【不安はなかったのか】

 不安がなかったわけはないけど、やると強く心に決めたことはほぼ必ず成し遂げてきたから、今回の決断も成し遂げられると思ってた。やるしかない状況に自分を追い込んでいったから、やらないと4月以降食べていけない。

【具体的なアクションプラン】

 2020年の11月7日頃にテックキャンプに入校して、土日はフルコミット、平日はできる範囲で時間を割いて取り組み始めました。学習を開始して10日くらい経ち、Twitter検索によりテックキャンプ卒業生はもれなく使えない、みたいな投稿をやたら見かけてしまったこと、実際問題として受講料がまあまあ高かったこともあり、ギリギリ無料解約できるタイミングで独学に変更(マコなり社長ごめんなさい)。noteの記事を参考にするなどして学習するも、身についている実感なく、暗中模索の日々。

 今回ばかりは成し遂げられないかもと挫けそうな毎日を過ごしていたのが、年が明けて2週間位経った頃だったかな。「バックエンドエンジニアへの転職」を目標に掲げていた(それはエンジニア転職として間口が広いからという理由と、そこからの選択肢はまだ開けているから)けど、プログラミングを学習した先の働き手として本当にやりたいことなのかを考えるきっかけが何かあって、その時にバックエンド(裏側のロジックを制御)よりフロント(見た目のUIを触る)の方がやりたいことなんじゃないか、って思うようになり、むしろウェブサイト制作が一番やってみたいことなんじゃないの?って結論に至ったのが2021年の2月初め頃。

 そこで改めて目標がはっきりと見えて、方向性として迷うこともなくなりました。そこからは、ひたすらサイトの模写に明け暮れる日々。noteの有料教材を使ってコーディングスキルを身につけ、制作物の表示確認をしてもらいOKをもらう、の流れ。毎週1サイト模写するみたいな感じ。難易度が上がりつつ、成果物ができていくのがとても良いサイクルになっていました。

 気がつけば3月になり、もうそろそろ案件を獲得しに行く準備をしないとな、っていうのが近況。今はHTML→ワードプレスの独自テーマ開発を学習していて、ワードプレスの概念的理解にやや苦戦中です。クラウドワークスに登録して具体的な案件を確認してみたけど、ワードプレスを扱えないと手を出せる案件が極端に少なくなるから、自分の装備(持ってる武器)として心許ない。なので、この先2週間ほどでワードプレスの扱いについて広くざっくり理解して、独自テーマを開発できるようになったら本気で案件獲得に乗り出せると思っているところ。

 公務員という立場上、副業するのは躊躇われるので、4月1日になったらすぐに提案とかできるように、提案文のテンプレ的なものは作成中。早く実践に臨みたいところ。準備運動ばかりしていてもあかんので。

【まとめ】

 昨年10月頃、これまでの人生とこれからの人生について改めてしっかりと考えることができて、自分の素直な気持ちに従って公務員という世間一般にいう超安定職業を退職する決断をしたわけですが、後悔は全くしていません。今のところ。でも4月以降になってもそれは変わらないと思ってます。自分で決めたことは自分で責任取らないといけないので、しっかり生計立てて、自分の働き方を確立させたい気持ちでいっぱいです。

 価値観や仕事観というのはどこまで言っても主観なので、周りと比べてどうとか言う話でもないですし、自分がそうしたいと思ったことに真っ直ぐ向き合えたら、それは自分の人生を全うしていると言えるんじゃないかなって思います。そう簡単に行動に移せるものでもないとは思いますが、たった一回の人生で、やってみたいと思ったことはやらないと!って感じで。

 個人的には、公務員という自治体(自分の場合は国)に守られて組織に所属するというのは確かに安全かもしれませんが、

 時代の変化に柔軟に対応しつつ、自分で稼ぐスキルを身につける

ことこそが本当の安定なのではないかと思っています。それを実現しようと思ったら公務員してるわけにはいかないんです。副業できないから。身分が不安定なのは不確実性という意味で大きなリスクはあるかもしれません。ただ、それさえも受け入れる覚悟ができているので、大きなリターンを受けられる可能性も秘めています。リスクとリターンは表裏一体なので。

そんな感じですね。とりあえずこの半年は超激動でした。断りを入れておきますが、公務員という仕事がだめだというつもりはありませんし、公共の利益のために働くというのもとても大切なことです。日本の快適なインフラを支えているのは国内にたくさんいる公務員のおかげなので。ただ、実際に働いてみた率直な感想というのはなかなか見えない部分ですので、参考になる部分があれば嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。また他の記事であいましょう。

この記事を書いた人

masatoshi

一人暮らしの日々の暮らしをちょっと豊かにする生活改善情報やお金のことを主に発信しています/物件選びのコツ、引越し、家計管理術、資産運用実績、生活改善情報、愛用品・生活家電レビュー、Voicyアウトプット/一人暮らし歴12年目突入/賃貸物件6件目/バツイチ/国家公務員一般職からフリーランス独立/Web制作/Webマーケティング/Web制作×Web広告の定額サービスは「ウェブサイト」から↓↓